患者様の声

腰痛、大事に至らない体になりました!

15年前突然腰痛を起こし、歩くこともトイレに行くこともままならない寝たきり状態が1か月にもなりました。しかし外科医に行くことはしませんでした。外科的処置よりも自分の力で治したいという本能的一心だったからです。そんな時、友人からオステオパシーの治療方法を聞き、関連する本も読みました。偶然高校の同級生が原田先生の弟子であったこともあり、運命に導きられるように治療院に伺いました。

初めは急に変化を感じることはなかったのですが、何回か後不思議に痛みが消え調子が一変しました。あっ、これだ!と思いました。定期的に通うようになりました。とは言え、あれだけ大きなダメージを受けた私の腰は、その後時々歩けない状況になってしまいました。それが半年に1回、1年に一回と間隔が延び、気がついてみると、重たいものは避けますが以前のように健在に動けているではないですか。回復した直後は、旅行の時の荷物は持てず、娘に持ってもらわなくてはなりませんでしたが、今は自分で荷物を持って1人旅を楽しんでいます。たとえ少々腰痛が起きても、大事に至らず回復するのですから不思議です。感謝!感謝!です。

身体の歪みを調整して自己治癒力を高めるオステオパシー療法こそ、人間が人間らしく健康に生きていくのに欠かせない身体のお手入れだと思っています。

Y.K  60代 女性

オステオパシーを体験して

私とオステオパシーとの出会いは、10年程前に遡る。
 
足の不調に悩んだ母が「とてもいいから」と知人に勧められて通うようになり、母が肩こりの酷い私に勧めたので、私も半信半疑で通い始めた。

「カイロプラクティックのようなもの」と聞かされていたが、バキバキ音がするような痛いことを想像してしまい、行く前からウンザリしていた。しかも私は元々人に身体を触られるのが好きではない。

ところが私を待っていたのは、暖かい笑顔の原田先生と奥様でまるで家に帰って来たような心地よさに見舞われながらも、これから始まる痛さを連想してドンヨリした気分となった。

ところが治療自体は痛いどころか、先生が力も何もいれないような感じで私の体のあちらこちらを軽く押したり、手を軽くひっぱるだけで「これで本当に効くのか?」と思ったのだが、段々気持よくなって来て、思わずうとうとしてしまった。

終わった後の何とも言えない気持の良いけだるさは、オステオパシーを経験した人ならではの特権と言えるだろう。

診察の始めに先生から不調な場所を聞かれるが、聞かれなくてもなぜか先生の手は自然に悪い所を探し当ててしまうようだ。

オステオパシーは最初、中国のものかと思っていたが、実はアメリカのミズーリ州カークスビルが発祥地で、アメリカでは医学部を出た後で更に学んでようやくオステオパシーの資格が取れるそうだ。

オステオパシーは骨や血液、体液の流れ等を機械を使わない手技で調整し、本来人間の身体が持っている自己治癒力を高めるもので、治療を施すオステオパスは接骨の技術はもちろんのこと、解剖学などにも精通していないといけないと言う。

薬を飲んで身体の悪いところを無理矢理治すのではなく、自己治癒力を高めるものなので、風邪を引いている時に治療を受けたからと言って奇跡的にすぐ治ると言う事はあまりない。

一旦悪くなったように思う事もあるが、その後はびっくりするような回復を見せる事が多い。これは本当に不思議だ。

また何が何でもすべてがオステオパシーで治ると言うものではないので、先生から病院に行く事を薦められる事もある。

だからこそ、オステオパシーの信頼が高まる。これが「何でもかんでも治りますよ」と言うアプローチだったら、とても安心して自分の体を人に預ける事は出来ない。

自分のところに来る患者を何とか治したいと言う先生の熱心な気持ちが治療の間ずっと伝わって来る。

先生の暖かい笑顔の裏にある確かな技術と、それでもなお勉強を続けている先生の熱意がより一層の安心感をもたらす。

いつの間にか月に一回は通わないと落ち着かないし、何かあったらすかさず先生の所に駆け込むことにしている自分に思わず笑ってしまう。

オステオパシーとの出会いに心から感謝したい。
Y.S

オステオパシーって魔法⁉

私は胸郭に変形があり内臓を圧迫していたせいか、子供の頃から虚弱体質でした。
大人になってからはガンと交通事故に見舞われ最悪の状態でしたが、
原田先生のオステオパシー治療を受けてから、免疫力が高まり
次第に生きる力がみなぎってきたように思います。

特に交通事故に於いては薬や注射等に頼ることなく、全身の不具合を手技により調整して頂くため、魔法?
と思うほどに身体が楽になりました。

まったく刺激のない治療で、初めての方は少し物足りないかも知れませんが確実に身体に変化が出ます。

特に激しい頭痛も頭蓋骨調整により完璧に消え去りました。

今の私は人生を諦めづに前向きに送れていると思います。これからもずっと、、、、。

H.S

オステオパシーとの出会い

私が海上コンテナ輸送の運転手をしていた時の事です。
 
ディーラーの修理ミスにより、走行中トラックが反転するという異例の事故にあってしまいました。

それは早朝の出来事で、会社の同僚が事故現場を通過した際、大破したトラックを見てこれは死亡事故だなと思ったそうです。

私は運良く一命をとりとめ入院となりましたが、傷病名は頭部挫傷、頚椎捻挫、腰椎捻挫、左手挫傷と診断。MRI検査では、左側C-5・6にヘルニア・L4-5,L5-Sの中央から左側にヘルニアが見つかり、外傷性による椎間板ヘルニアと診断されました。

運良く一命をとりとめたと思われたあの事故当日より、その運良くと、思われた代償は凄まじいものでした。

それは、激しい痛みと痺れの為に、痛み止め入りの点滴と局部への注射、そして強い頭痛薬、睡眠薬、筋肉弛緩剤と休みなく薬付けにあいました。

入院から二ヶ月を経過した時には意識はもうろう、皮膚へ触れられても判らない程感覚も鈍くなっており、このままでは廃人になってしまうのではと不安になり、家族に話した事もありました。

そんな地獄の入院生活も三ヶ月に成る頃、入院患者の間で、整形外科では治しきれない症状が、施術などにより治す事が出来る治療があるとの話を聞き、現状の不安をかかえる入院生活から直ぐにでも抜け出したく、退院する事としました。

最初に見付けた施術は、指圧による治療でした。

治療前の先生の診断では頚椎捻挫は治す事は出来るが、腰痛と足の痺れに関しては治す事は出来ないとの事、それでも藁をもすがる思いで、首の痛み、左手、拇指と人指し指の麻痺、左腕の運動障害の治癒に向けての治療を受けました。

しかし、治療は激しく頸部を押しもんだ後に、牽引治療機による負担15キロの牽引でした。

指圧治療は苦しみの連続で、治療後も決して身体が楽になった様子も、痛みが緩和されたわけでもありませんでした。

それでも、先生の言われるがまま2週間通院致しました。しかし、痛み、痺れ、不自由な身体は回復しないままでした。

14日目には、「もう、これ以上は治す事は出来ない。」と事実上先生からは敗北宣言を伝えられ、全く症状は入院中と変わらないまま2週間で治療は中止となりました。

その後、施術、気功などによる様々な治療を受けましたが、身体の痛みなどの症状が良い方向へ向いているとはとても思われませんでした。

そんなある目の事でした。治療に行く事も出来ずに苦しんでいた時に地元の友人より、四街道市に痛みを取ってくれる治療院があると紹介され、半信半疑の中行く事としました。

私は、今まで通院していた施術医院において、痛みを伴うわりには治っていないために、今回も全く期待はしていませんでした。
治療院に着き治療が始まりましたが、今までの様な痛みを伴う治療は全く行われず、むしろ、もう少し強く押してもらいたい気分で時間が過ぎて行ったのです。

軽いタッチで、そのうえ痛む箇所に的確に触れ、不思議と触られた箇所から氷が溶けるかの様な感覚で痛みの緊張が緩んで行くのがわかり、全身が緩んだ時には治療が終わってしまったのです。

治療用ベットから下りた時、今までに味わった事の無い感覚が全身から伝わって来たのです。

痛みは多少残っては居ましたが、それまでは全身が錆びたロボットの様にギーガシャン、ギーガシャンと痛みを伴いながら動いていたものが、まだまだ活躍出来ると言わんばかりに体中にカがみなぎり、先生のケアーおかげでスムーズな動作で、歩く事が出来たのです。

これが、原田先生のオステオパシー治療との出会いでした。

その後、数日にわたり治療に通い、治療が終わるたびに原田先生の不思議な手が、それまでは真っ暗なトンネルの中に居た私自身、動かない左手指、左肩、痺れていた両足の感覚を回復へと手を差し伸べて下さったのです。

私は、この奇跡的な治療方法に心をひかれ、オステオパシーとは何なのかと調べたところ、その治療は単なる施術だけでは無く医学に基づく事を知り尚一層の驚きを感じました。

今の日本は、西洋医学や東洋医学の治療に頼り過ぎている為、回復が望めない病気や怪我で苦しまれている人達が沢山います。

源に自分の症状は整形外科では治せないと言われ、「痛みが有れば痛み止めの投与や牽引等で、あとは我慢するしか無い。」と見放されてしまっていたのでした。

自分の経験から、今の日本の医学が間違いだとは申しません。しかし、治す事が出来るオステオパシー医学があるのだから、その優れた医学を学び苦しんでいる人達を救う事、手を差し伸べる事が、今後の医療ではないのかと思って成りません。

原田先生のオステオパシーに救われた私は、今度は私がオステオパシー医学を1から学び、苦しんでいる人達に、手を差し伸べ導いてあげられる一本の手になりたいと思うようになり御相談致しました。

原田先生からは、「まずはテクニックより大切な、人体システムの解剖学、生理学を熟知しなければならない。」と御指導を受け、現在私は解剖学と解剖生理学を勉強しています。

そして、その勉強に併用し、「オステオパシー医学の思想」という本を読みました。

それは、アンドリュー・テイラー・スティル博士の哲学的な理論でとても感銘を受けました。

その文面の中「オステオパシーの基礎となる思想は、全ての血液はいかなる時も、全ての部分、全ての器官から器官へと流れていなけれぱならない、ということである。」という言葉でした。

それは、趣味で観賞魚を飼育している私の推測するに、水槽の中に、いくらきれいな魚を泳がしていても、水流が無く濾過を怠っていては、水も腐り三日で魚も病気になり、そのままでは死に至るのと同じ事。

そして人体こそ血液を含む体液の循環が最も重大な生命維持ではないかと、スティル博士の哲学を読み尚一層思いました。

その循環経路の妨げを「判断する能力」と、それを「取り除くための能力」を、もっともっと勉強し苦痛を抱えるたくさんの人達に、手をさしのべ、導いて行けるそんな「手」に私はなりたいと願って精進していくつもりです。

T.T
 

自分の治癒力を信じるということ

私の家は15年程前に火事に遭い、その時に家の中にいて炎がかぶさって来ると言う恐ろしい体験をしました。
 
火傷もせずに逃げ切る事が出来たのですが、その後は火事の光景が思いだされるフラッシュバックや、いいようのない不安感や電車の中なので突然呼吸が苦しくなったりする事が続きました。

病院にも行ったのですが、精神安定剤や睡眠薬等を飲んだにも関わらず、なぜそうなるのか理由もわからず状況も全く改善しないまま数年が経ちました。

そんな時に出会ったのがオステオパシーでした。

オステオパシーはマッサージや指圧等、民間療法とも異なるホリスティック的なものです。

ロバート•フルフォード著「いのちの輝き」と言う本で「人の身体には既に自ら治そうとする力が秘められており、治療者は力に回復の為の動機を作るだけである」と言う内容があったのですが、身体と心は一つに結ばれており、何かトラウマや病気があった場合、体がそれを覚えており、トラウマの場合は呼吸系統がつまりやすく、呼吸が詰まることによって、血の流れも悪くなり結果的に体の調子が悪くなるそうです。

そしてそれを解放する一つの手段としてオステオパシー療法があり、オステオパシーの治療によって、ずれたり曲がった骨を正しい位置にしたり、筋肉、靭帯、血液の流れを改善し、本来人間の身体が持っている自治癒力を高めて行く事ができると言います。
 
オステオパシーの治療を受けるようになって、今まで以上に自分の体に敏感になりました。
ストレスが貯まっているなと思う時は、確実に胸の辺りが苦しくなってきます。

そして治療を受けた後は非常に呼吸が楽になり、全身に活気がみなぎって来るのを感じます。

大変な経験をしましたが、オステオパシーで高められる自己治癒力を感じ、自分もまだまだ捨てたものではないと安心し、息苦しいなあと感じ始めたら、友人とノンビリしゃべったり、カフェでゆったりと自分だけの時間を過ごしたり、ストレスのコントロールも出来るようになってきました。

今では月一回くらいのペースで通っていますが、エステサロンに行く一回分もしない治療代で、元気な心と身体を保つ事が出来るオステオパシーにはこれからもずっと通い続けたいと思います。
J.T 

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